「英雄ペルセウスのメデューサ退治」
第一幕:ペルセウスの試練
むかしむかし、海の向こうの小さな島セリフォスに、ペルセウスという若者がいました。
セリフォス島では海で漁をして、夜になれば波の音を聞きながら眠りにつく。
ペルセウスは母ダナエーと、そんな穏やかな暮らしをしていました。
けれど、その静けさはある時、突然破られます。
島の王・ポリュデクテスが、ペルセウスに、こう命令したのです。
──「人を石に変える怪物、メデューサの首を持ってくるのだ!」
その言葉には、ペルセウスを、夜の海の底へ引きずりこむような企みが隠されていました。
メデューサというのは、誰もが恐れ、名前を口にすることさえためらう恐ろしい怪物なのです。
ポリュデクテス王が、こんな難題を押し付けたのは、
ペルセウスの母ダナエーを手に入れるためでした。
邪魔なペルセウスを追い払うためにこのような命令を出したのです。
ペルセウスがいなくなれば、母は傲慢で嫉妬深い王に召し抱えられ、つらい思いをするのは目に見えています。
若者は、母を守るために、ポリュデクテス王の命令に従うことにしました。
こうしてペルセウスは、メデューサを倒すために長い旅に出ることになったのです。
第二幕:メデューサ討伐の旅
旅の途中、ペルセウスが夜道を歩いていると、月明かりに照らされた道に、ふわりと影が差しました。
陰から、オリンポスの女神アテナと、神・ヘルメスが、夢の中から抜け出したように現れました。
オリンポスの神々は、ペルセウスに力を授けると言いました。
どうして神々が自分を助けるのかわかりませんでしたが、ペルセウスは申し出を受けることにしました。
実は、ヘルメスはペルセウスの異母兄弟で、弟を憂う気持ちからペルセウスに力を貸したのでした。
そして、女神アテナは、自分が怪物ゴルゴンに変えてしまったメデューサが誰かに退治されることを望んでいたのです。
オリンポス二柱の神は、静かに、光を帯びた道具をペルセウスに差し出します。
鏡のように映り込む輝く盾。
風をまとい空中を歩ける翼のサンダル。
姿を消す兜。
魔物を倒せる星の光を宿した剣。
そして、呪いのかかった怪物の首をしまう特別な袋。
それらを受け取ったペルセウスは、メデューサの棲む世界の果てへ向かいました。
そして、長い旅の果てにたどり着いたのは、陽の光が一度も差し込まぬ荒れ地でした。
吹いていた風は止まり、空気は沈み、岩かげには、メデューサによって石に変えられた旅人たちが静かに立っています。
その石像の表情は、どれも恐怖にゆがんでいましたが、どこか現実味のないようでもありました。
皆、メデューサの姿を見て、恐怖の呪いにかかってしまった犠牲者たちです。

洞窟の奥には、女神アテナの怒りによって、禍々しいゴルゴンへと姿を変えられた女──メデューサが、蛇の髪をうねらせながら静かに眠っていました。
その寝息は湿った闇を揺らし、洞窟の壁に響き聞こえてきます。
ペルセウスは、決して怪物を見てはいけません。
見てしまったら最後、荒れ地で見かけた石になった旅人たちと同じ運命を辿ってしまいます。
ペルセウスは、盾に映る影だけを頼りに、そっと、眠っているメデューサに近づいていきます。
洞窟の空気はひやりと肌を撫で、蛇の息づかいが耳をかすめるたび、世界が静かに歪むようでした。
そして──メデューサに近づくと、首めがけて剣を振り下ろしました。
切り落とされたメデューサの頭は、地面に転がっていきました。
ペルセウスは、メデューサの目を見ないように、用心深く、メデューサの首を袋に収めました。
その瞬間、洞窟全体が震えだしました。
ペルセウスに気づいたメデューサの姉たちです。
メデューサの姉たちも同じゴルゴンで、その目を見てしまうと、石に変えられてしまうのです。
姉たちの恐ろしい叫びが、闇の奥から響き、その声はどんどん大きくなっていきます。
ペルセウスの方に近づいてくる証拠です。
ペルセウスは、急いで姿を消す兜で身を隠すと、翼のサンダルで空中に舞い上がり、洞窟から逃げ出しました。
こうして、若者はとうとう試練を乗り越えたのです。
目的を達成したペルセウスは、こんどは故郷の島に向かいました。
途中、巨人アトラスが支配するヘスペリスの園で冒険をし、困難に遭いながらもセリフォス島を目指しました。

帰りの旅路でのことでした。
海辺に差しかかると、空は鉛のように重く垂れこめ、波は怒っているかのように荒れていました。
岸辺近くには、王女アンドロメダが岩に鎖でつながれていました。
どうして王女であるアンドロメダがこのような目にあっているのでしょうか?
それには理由がありました。
実は、母であるエチオピアの女王・カシオペイアが、ある時、海の神ポセイドンを侮辱したのです。
それで神の怒りを買ってしまい、エチオピアは神の厄災にさらされていました。
女王アンドロメダは、ポセイドンの怒りを鎮める生贄として、海の怪物・ケートスに差し出されていたのです。
岩に縛り付けられたアンドロメダは、荒れた海の冷たい風と、波の飛沫にさらされています。
その様子を、ペルセウスが気にかけていたそのときでした──空には暗雲が立ち込み、海に渦が巻き起こりだしました。

荒波は今までにも増して荒れ始め、海の奥から巨大な影が浮かび上がります。
それは、海の怪物・ケートスでした。
海そのものが形を持ったような怪物です。
鱗は濡れた夜のように黒く、長い胴は海蛇のようにうねり、その口は、山をそのまま飲み込めるくらい大きく開いているではありませんか。
ケートスが恐ろしい叫び声をあげると、海岸の砂が震え、空気がひび割れるような音が響きます。
波が跳ね上がり、アンドロメダの足元に黒い水しぶきが散りました。
ペルセウスは、アンドロメダが岩に鎖でつながれていた事情は知りませんでしたが、海の怪物に襲われようとしているのを見過ごすことはできませんでした。
ペルセウスは、アンドロメダを助けるために、海の怪物・ケートスに立ち向かっていきます。
翼のサンダルが砂を蹴り、巻き起こる風が、彼のマントを大きくはためかせます。
剣を抜くと、刃が青白く光りました。
飛んでくるペルセウスに気づいたケートスが襲いかかってきます。
その巨体が海を割り、波が壁のように立ち上がりました。
ペルセウスは宙へ跳び上がると、ケートスの背をかすめるように飛び越えました。
巨大な尾が砂浜を叩きつけ、岩が砕け散ります。
海風が唸り、世界が戦いの音だけになっていきました。
ケートスが再び襲いかかってきます。
その口が開き、深海の冷たい潮の匂いが吹きつけます。
巨大なケートスの口がペルセウスに向かってきます。
ペルセウスは、ここぞとばかりに持っていた袋に手を伸ばし、取り出したメデューサの首を高く掲げました。
メデューサの目を見てしまったケートスは、ぴたりと動きを止めてしまいました。
海の怪物の目に映ったのは、石化の呪いを宿すメデューサの首が放つ恐怖の輝きです。
次の瞬間、ケートスの鱗が石へと変わり始め、筋肉は固まり、巨体がゆっくりと倒れていきました。
大きな水しぶきがあがると、石像となった怪物は、深い海の底へ沈んでいったのです。
潮風が戻り、荒波も収まり始めていきました。
それに倣うかのように、アンドロメダも元気を取り戻していきました。
すべてを成し遂げたペルセウスは、砂の上に降り立ち、剣を収めると、岩に縛り付けられていたアンドロメダを助け出しました。
これをきっかけに、ペルセウスとアンドロメダは結婚することになりました。
第三幕:セリフォス島への帰還
アンドロメダを連れ、島へ戻ると、母を苦しめてきたポリュデクテス王が、薄暗い広間で待ち構えていました。
背後には武器を持った家来たちが影のように並び、広間の空気は張りつめています。
どうやら王は、ペルセウスとの約束を守るつもりはないようです。
それに気づいたペルセウスは、ゆっくりとメデューサの首が入った袋を持ち上げました。
その動きに、何をする気なのかと、王が眉をひそめます。
「ポリュデクテス王、よく見るがよい。
これがお前が望んだものだ」
広間にペルセウスの声が響き、袋からメデューサの首が取り出されました。
次の瞬間、メデューサの首が青白い光を放ちます。
その光は冷たく、鋭い稲光のようでした。
メデューサの目を見てしまったポリュデクテス王と家来たちが息を呑んだその瞬間──声が途切れ、動きが止まってしまいました。
ポリュデクテス王も、家来たちも、ひとり残らず石となってしまい、もう、ペルセウスに何もできなくなってしまいました。
傲慢な支配者がいなくなった島には、静けさが訪れました。
ペルセウスは再び平穏な生活を取り戻したのです。
メデューサの首は女神アテナへと捧げられ、女神はそれを自らの盾に飾りました。
その瞬間、アテナの盾は青白い光を放ち、まるで、長い旅を終えたペルセウスを讃えるかのように輝いたのでした。
すべての攻撃を跳ね返す、イージスの盾の誕生です。
こうして、試練を乗り越えた若者の名は、偉大な勇者として、
星座の名前となり、今もなお人々の胸に刻まれているのです。
【ギリシャ神話朗読動画】「英雄ペルセウスのメデューサ退治」~魔物メデューサ、海の怪物ケートスとの戦いとアンドロメダ救出まで
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